いつまでも変わらないようでいても時を隔てると、いつの間にか大きく変わっている。
以前は人口も多く(多い時は2000人ほど)、尾根まで畑地に耕され、また燃料の薪にするため雑木を切り出されていたので、山の上へ行っても、どこへいっても視界が開けて風光明媚な風景が見えていた。
しかし、近年はプロパンガスが導入され、また、生活が豊かになり、木を切り出したり、畑作で生活の糧を得る必要もなくなった。そのため今では多くの畑、山が雑木に埋もれ、視界が遮られている。そんな、今ではもう見られない懐かしい風景を集めてみました。
にしのすか“でアサリを掘っていたこの浜は、護岸ブロックの下になってしまった。 ( 写真は昭和50年頃)
桟橋がなかった一昔以前は、定期船から“さんぱん“という渡し舟で上陸、乗船していた。島には今はない段々畑も写っている。 ( 写真は昭和45年頃)
海を見ながらお墓参りしていたが、今では護岸・堤防があり、お墓からはもう海は見えない。
( 写真は昭和59年頃 )
一昔前は除虫菊の栽培が盛んであり、山の尾根まで畑があった。写真左の松は“あたごさん“の松である。
( 写真は昭和48年頃)
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失われた風景